ブラジルに永住して2013年3月に乳がんが発覚。当時39歳。現在40歳!ステージⅢ。1年後、肝臓、甲状腺に転移。
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ももたん

Author:ももたん
ブラジルの北部にあるベレンという町に2009年に永住しました。そして、2013年3月に乳がんが発覚!ステージⅢ。1年後、脳、肝臓、甲状腺に転移。現在治療中。日本とはまったく違う文化のブラジルでの治療を紹介します。どんな治療法?どんな生活なのか、ゆる~く紹介したいと思います。

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私の通っている(保険に入っている)病院はこちら→アマゾニア日伯援護協会

病院の先生方をはじめ、事務の方々などいろいろお世話になっています。

ベレンで唯一の日系の病院です。

旅行で病気になったら、ぜひ、ここへ…。

ポルトガル語が話せなくても、日本語が話せる人を探してくれます。

病院には誰か話せる方がいます。

普段はポルトガル語ですが…。

毎回同じことしか言わないので、使う言葉だけは覚えます。

入口
IMG_3461.jpg

古い方の建物。
IMG_3462.jpg

新しい方の建物(あたらしいってどのくらいだろう????)
IMG_3463.jpg

中はいろいろ建て替えがあったのできれいなところが多くなりました。

受け付け
IMG_3302.jpg

血液検査や、尿、検便の検査の受け付け
IMG_3298.jpg

レントゲンやエコーなどの受け付け
IMG_3303.jpg

入院の部屋は写すのを忘れました。(大部屋)

でも、個室なら、子どもが入院した時のがあります。
個室はこんな感じです。やっぱり入院するなら個室がいいです。
旦那が寝ています。つかれきって・・・・・。
IAN生後0カ月 (63)

IAN生後0カ月 (68)

やっぱり、家から近い(徒歩5分ぐらい)のが一番いいですね。

日本の病院の方がいいですが、ここでも十分な治療が受けられます。(たぶん)

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CVポートとは、こちらを→化学療法サポート

抗がん剤を腕からでなく、直接静脈に入れるものです。

私は左のリンパを取ったため、点滴、採血、そのほかの注射を全部右側でしなければなりません。

抗がん剤の事を考えると右の血管はどうなってしまうんだろう…と思い、CVポートの埋め込みを決めました。

はじめ、ガン科のR先生から勧められましたが、

ポカセッチ(CVポート)とはどんなものなのかわからなかったので

怖い!と思っていましたが、説明を受けて、考えて、

埋め込む方が楽!?(看護師さんも)と思い、

埋め込むことにしました。(費用も保険内だったので・・)

注文してから11日後やっとCVポートが届き5月20日に手術。

手術の時間は14時の予定でした。だから12時には病院で受け付けをしてくださいと・・・。

12時!?いや、まて、左胸摘出手術の入院のとき、3時間前に行ったけど、2時間半待たされた…。

30分前に行こう!とおもって旦那と13時半ごろに行きました。

日帰り手術だけど、入院の手続きをしました。(万が一のことを考えて?)

で、病室に案内されました。一人、先に入院していました。

血圧、体温を測り、手術着を渡され、「お待ちください」といわれました。

旦那は仕事があったので、「手術が始まりそうだったら電話ちょうだい」と言って仕事へ行きました。
(日帰りの、ポートを埋め込む簡単な手術だったので誰も付添とかいらなかった)

一緒に入院している人は、きのう、台所で転んでひざを打ったかたで、日系人で日本語がぺらぺらでした。

で、膝が・・・・。すごくはれていて、痛くて動けない様子。でも、先生がいなくて手術ができなくて待っているところだったらしい。

こんなにはれていてすぐ手術できないの!?とすごくかわいそうになった・・・・。

話をしていた方が痛みがなくなるから…と言ってずっと話をしていた。

日本へ出稼ぎに行った事とか、子どもの事、日本の事などなど・・。話がつきない・・。

私の手術は14時からなのに連絡が来ない…。

時々来る看護師さんに「まだ?」と聞くけど、「わかりません」だって。やっぱりブラジル。

で・・・・・・・、16時にやっと呼ばれた…。

2時間待ち…。話す相手がいてよかったけど、一人だったらさみしかったなぁ。

で、小さいベッドみたいなのにのせられて、おしりに注射して移動。

歩いて移動できるけど?寝たままエレベーターにのって移動…。そして、オペ室へ。

ここでまた、廊下で待たされる…。あちこちで手術をしている音が聞こえる・・・・。

こわーーーーーー!!!

で、20分ぐらい待ってオペ室へ・・・。

そこでも何も準備していなく、とりあえず手術台へ・・。

で、また、そこで待つ…。ドアが開いていて隣で手術しているのが見えるの・・・。
(先生の手元が・・・・)

怖くて見れないけど、見てしまう・・。時々、先生と目が会う。

こわーーーーー!!!

で、そこでも20分ぐらい待って、

やっと、看護師さん達がきて、手術に使う機械とかパソコンのようなものとか運び出したり、移動したり・・。

手術に使うハサミとか注射とかみえて、こわーーーーーー!とおもった。

ある意味、ここでしか経験できないことだと思って、いろいろ準備の様子を見ていた。

そこで、ポート埋め込みの先生登場。先生は日本語がすごく上手です。

で、看護師さんにも日本語が話せる方がいて、3人で手術前に話しました。

K先生「局部麻酔ですからね」

私「先生、局部麻酔って難しい言葉よく知っていますね」

看護師さん「局部麻酔ってなんですか?」

K先生「OOOっていう意味だよ」(ポルトガル語が聞き取れない)

看護師さん「そうなんですか、覚えておきます。」

私「先生はなんでそんなに日本語が上手なんですか」

K先生「北海道大学で2年間勉強しました。札幌はいいところですね」

私「えー!私、札幌からきました!!!」

K先生「そうですか、札幌は大好きです。わたしの故郷です。勉強が終わってからも旅行に行きました」

などと、会話をしているうちにじゃぁ、麻酔します・・・・・。と言って始まった・・・。

もっと話したかった……。札幌が懐かしく思えました。

局部麻酔だから意識はあるのかと思ったら、眠る薬が入っていたのか手術中はずっと寝ていました。

夢を見ていました。(内容は忘れましたが…)

で、「おわりましたよ」と起こされました。

始まる前に時計を見たのが17時20分ぐらい。

で、終わった時に、無理やり目を開けて時計を見たら18時でした。

でも、眠くてぼんやりしていて、先生と何を話したかわからない…。

で、終わった手術台を見て、血がたくさんついた布があって、

また、こわーーーーーー!と思いました。

病室に戻ったら、旦那がいて、「先生19時には、帰っていいよ、だって。」と・・・。


そして19時になったけど、まだ眠たくて「ちょっとだけ寝させて」といって、すぐ寝ました。


起きたら20時でした。はっ、子どものお迎え、夕御飯は?と気付いて目が覚めました。

お迎えはお母さんがしてくれたけど、

ご飯は何を食べさせていいのかわからないのでお菓子を食べてるって…。

えー、ご飯ぐらい食べさせてよ。と思いながら20時に退院しました。(近所なので歩いて帰ります)

抗生物質を飲むぐらいで、傷口も何も痛くありませんでした。

消毒も自分で・・。(もう、慣れました)

傷口は化膿することもなく、無事6月7日(手術後17日目)に抜糸しました。

この時、もう、抗がん剤を受けていたので

なかなか、病院に行けず、抜糸をしてもいいのに行くことができなかった。

で、抜く時すごくゆっくりで、皮膚に糸が埋まっていてすごく痛かった…。

4針ぐらいなのにすごく痛かった・・・・。抜く時期が遅かった…。

で、胸の手術で忘れていた抜糸もこの時に取ってもらいました(笑)。


子どもが皮膚がポコンとしているところをすごく触りたがっていました。(笑)


すごく気になるよね…。私も・・・。

20日に埋め込み手術をして、23日に抗ガン剤治療開始でした。

でも、CVポートは使えませんでした。(手術をして間もないので)

で、1回目は腕から点滴をしました。

時々、病院で会うK先生、知り合いの先生が増えてよかったです。

やっぱり、アマゾニア病院に入っていてよかったなぁ。

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