ブラジルに永住して2013年3月に乳がんが発覚。当時39歳。現在40歳!ステージⅢ。1年後、肝臓、甲状腺に転移。
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ももたん

Author:ももたん
ブラジルの北部にあるベレンという町に2009年に永住しました。そして、2013年3月に乳がんが発覚!ステージⅢ。1年後、脳、肝臓、甲状腺に転移。現在治療中。日本とはまったく違う文化のブラジルでの治療を紹介します。どんな治療法?どんな生活なのか、ゆる~く紹介したいと思います。

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10月30日、9回目の抗がん剤が終わりました!

前回は、顔がアンパンマンでしたが、今回は赤くなっただけでした。

でも、途中看護師さんに起こされ、血圧をはからされたり、「だいじょうぶ?」と何度も話しかけられるのでした・・。

先週、インタビューをしていた記事が新聞に載っていました。
(また、写真を忘れたけど)

一緒に記念撮影に行っておけばよかったかな?

まぁ、いっかぁ。

前回、体のむくみがひどかったので、毎日マッサージやストレッチ、食事、睡眠と気をつけていました。

すると・・・、今週の血液検査の結果がすごく良かったことにびっくり!!

白血球がいつもより倍近くに!!!何が原因なんだろう…?

プロポリスは飲んでいます。うーん・・・・。

また、今週の食べ物や生活の様子を記録しておきたいと思います。

あと3回!!!

で、毎週のように血液検査をします。

もう、18回以上は続けて検査しています。(抗がん剤を受けていない日も検査をするので…。)

で、毎回同じ腕で、似たような場所で・・。看護師さん泣かせです。

それでも毎回看護師さんは的確に的を当てて血液を取ります。「ほそいね」と言いながらも痛くありません。

すごいです。

で、血管を強くする方法・・・・。(アマゾン式)

アンジローバのオイルに塩を混ぜ、腕をマッサージします。
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アンジローバはにおいがきついですが…。効果はありそうです。

私は毎回これをしています。臭いけど・・。

アンジローバの木
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木の実
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アマゾンにはもっといい物がありそうです。

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病気になってから、ポルトガル語をがんばるぞ!

って思ったのに、ぜんぜん勉強していません。

単語だけでもわかれば何とか通じる?とも思ったのですが、本の一部だけです。

旦那でさえ(ブラジル人)わからない表現、言葉がたくさんあります。

ちょっとだけわかった言葉を載せていきたいと思います。

乳がん câncer de mama

しこり rigidez no músculo

bolinhaとも言っていたような気がする。

婦人科 ginecologia

乳腺科 Mastologia

乳腺科の先生 Mastologista

乳房切除 mastectomia

血液検査 exame de sangue

入院 hospitalização

手術 cirurgia operação

退院 alta hospitalar

ドレーン doreno

間違っていたら教えてください。


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ガンの摘出手術をしたあと、転移しているところがないか全身の検査をしました。

そして、気になったところが、子宮の筋腫と首の腫瘍。

今回はやっと首の検査に行きました。(エコーは7月に撮っていたんですが…。)

いつもの病院では先生の日程が合わないため(ちょうど抗がん剤を受けている日)

ちがう病院?クリニックに行きました。(一つの病院で全部できれば簡単なんですが…)

家から車で10分位。タクシーで…。600円ぐらいなのでいいですが・・・。
(ベレンは暑すぎて歩けません。夕方や、朝ならいいけど、午後の1時は無理です。)

綺麗なところでびっくり!!!
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中にはカフェもあります。
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受け付けもきれい。
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ここは診察や、CT、X線などいろいろ受けることができるところみたいです。

人が多かったので待つかな?と思ったけどすぐ終わりました。

でも、「つぎ、OOさん。と呼ばれないのです!!!」

先生の部屋の前で、ぼーっと待っていて、次々と人が出て、また入って・・・。
私はいつ呼ばれるんだろう。と思っていたら、

受付の人が私ガずーっと座っているのを見て、こちらに来て、

「あなた、もう順番なのよ、まだ入ってないの?」と・・・。

どうしていいのかわからないのに…。とほほ・・・。

ここには看護婦さんはいないみたいです。受け付けと先生です。


で、受付の人に「次の人が出てきたら、すぐ部屋に入りなさい。」と言われました。

私ひとりならともかく、旦那も一緒にいたんですけど・・・・。


で、私たちの番。頭と首の専門の先生です。

体が大きくて60代ぐらいの男の先生。


首を触ってみて、エコーの結果も見て、

「悪性かどうかわからないので、注射器で細胞を取りましょう。」

で、悪性なら、抗がん剤の治療をすぐやめて摘出手術。

良性だったら、乳がんの抗がん剤、放射線が終わったら摘出手術。

まぁ、どっちにしろ、とるんですね・・・・。


悪性でなかったらいいのになぁ。

で、その検査はまた、アマゾニア病院に戻って・・・・、で、ここではできません。

また、違う病院に行かなくてはいけません。

来週予約します。

どうなるか!?


祈るしかないです。

アマゾニア病院に行ったら、こんなポスターが・・。
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日本のアニメのお祭りです。

開会式にはきっとコスプレの人が大勢来るでしょう。

行ってみたいけど、平日で、ちょっと家から遠いところなんで・・残念。

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1週間に1回の抗がん剤が少しずつ、きつく感じるようになってきました。

初めの4.5回目は気にならなかったんですが…。

7回目の後に土、日とイベントがあったのでそこに連日参加しただけなのに

日曜日から体中がむくんでしまった。

マッサージをするけど、なかなかよくならなかったです。

手足のしびれもひどくなっているような気が・・・。

月曜日に血液検査・・、白血球は大丈夫、ということで水曜日点滴を受けると・・・。

終わった時には顔がアンパンマンになっていました。

アレルギー反応で顔が赤くなるので、本当にアンパンマン!!!

看護師さんもびっくりしていました。

で、アンパンマンのまま家に帰りました・・・・。

私は用事があって行けなかったのですが、乳がんなかまの友達がスタジオ(写真スタジオ)に行くと言っていて誘われました。(でもいけませんでしたが・・)

で、その写真をフェイスブックに載せていました。

Amigos do Peito Para (訳すとパラー州のおっぱいの友達!?)

この水曜日はその写真の話と、ベレンの新聞記者が来て、みんなにインタビュー。
(この日に限ってカメラを忘れた!!!)
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私はポルトガル語がわからないのでインタビューはスルー。

でも、みんな明るい!!

おばちゃんたちはふつうだけど…。

真ん中のパトリシアは人一倍怖がり、痛がり!でも、みんなをリードしてくれる存在です。

病気にならなかったらみんなにも会えなかったんだなぁ。

この点滴の日はみんなに会えるので楽しくなります。また頑張ろう!って思えるので。

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ブラジルと言えばプロポリス!と言うほど、たくさん売っています。

薬局でも、個人販売でも、スーパーでも・・・。

でも、どれを買っていいのかわからない…。

いろいろ試して一番効きそうなものを見つけました。

病院の近くで売っているイノマタさん売っているプロポリス。
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私は1週間に1回血液検査をしていますが、これを飲んでから白血球がぐんとあがりました。

買う時に、どのくらい飲んだらいいですか?と聞いたら、

「年の分だけ(滴)水が、牛乳に混ぜてのむといいよ。」とのこと。

でも、抗がん剤中だと言ったら、約50滴を2回に分けるといいですね。

と言われました。毎日ではないけど飲んでいます。

40パーセントなので、かなり苦いです。しびれます。

水では味がそのままなのでジュースに混ぜて飲んでいます。

がんばって、飲み続けます!

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いよいよ、2種類目の抗がん剤がスタートしました。

先輩たちは「大丈夫、具合も悪くならないし・・・」と言って励ましてくれました。

今までの点滴は旦那が付き添ってくれましたが、(具合が悪くなるかもしれないから)

今回はみんなが「大丈夫」というのと、仕事があるので(普通はそうだよね・・・)

一人で行きます。だから完全ポルトガル語の世界へ突入です!!!!

いろいろ書類を持って、クリニックへ行きます。

なんか説明を聞いたけど、よくわからない…。

1回目から7回目まで一気に書きます。

8月28日 1回目
      初めにおしりに注射される…。何をうってるのかわかりません。
      その後点滴へ…。
      アレルギーの薬や、眠る薬が入れられ、ついにパクリタキセルが・・・。

その時には眠たくて寝ちゃっています。(毎回)

しばらくして「momo!momo!」と起こされました。。

「だいじょうぶ?だいじょうぶ?」と何度も聞かれました。

「顔が赤いわ!」「アレルギー?」などみんなではなしています。

どうやら、たまにアレルギーが出る人がいるみたいです。その中の一人でした。

私だけ顔が赤いです。
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というわけで、みんなが1時間のところ私だけ2時間かけて点滴をすることになりました。

そして、アレルギーの薬を飲むように言われました。

なんで、私だけ・・・・・。

点滴が終わった後、びっくり!!!足がむくんでいました!!

この日は具合が悪くなって、体もだるくて、タクシーで帰りました。

家に帰ってもごろんと横になって、少しご飯を食べて9時には寝ました。

次の日も体が重くて、さっそくマッサージをしました。

少し良くなりました。

3日後には普通に生活ができました。

この週はあまり調子が良くなく、のども痛くて体がだるくて・・・、次の週の抗がん剤はやすんでしまいました。

9月 9日 血液検査
  11日 2回目

      この日は前もってマッサージをしていたのでむくむことはありませんでした。
      また、顔が赤くなりました。(ずっとです)
      点滴を受けた日だけ体がだるいですが、次の日からはすごく元気です!!
      点滴後3日間ぐらい、口の中が変な感じです。味があまり分かりません。


9月16日 血液検査
  18日 3回目


9月23日 血液検査
  25日 4回目


9月30日 血液検査
10月2日 5回目
      このころから、足先がしびれ始めました。


10月7日 血液検査
   9日 6回目
      また、髪の毛が抜けました。面倒なのでまた全部髪をそってしまいました。


10月14日 血液検査
   16日 7回目
       足の裏全体、手の指先がしびれ始めました。


まぁ、こんな感じで毎週血液検査をするんです。
血液検査の受付の方や、血液を取る看護師さん、

そのあとにいつもコーヒーをくれるおばさんとも仲良しになりました。
毎週、血液の検査後にもらっています。
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で、この抗がん剤の時から毎週クリニックから保険に入っている病院へ書類を出しに行きます。
(抗がん剤の請求書です)

これがすごく高い!!!!びっくりしました。
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1回の治療費で日本からブラジルを往復できます!!

私、毎週日本に行っているんです!!!

病院に申し訳ないです…。日系の病院だからもっと申し訳なく感じます。

一生、入り続けます!!!!(たぶん)


後半もがんばるぞ!!!


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ついに最終です!!

1週間伸びたので8月1日に4回目を受けました。

この日から子どもは幼稚園なので安心して受けることができました。

きちんと吐き気止めをのみ、頭痛薬も飲み、副作用に備えました。

そうすると、あまり具合が悪くならなくて調子がよかったです。

においは駄目ですが…。

快適に暮らしすぎて、また、いろいろやってしまい、また風邪をひいてしまいました。


なので、次の種類の抗がん剤を1週間遅らせてもらいました。また、先生に怒られました…。

やっぱり、調子にのりすぎるとだめですね。

で、今回のドキソルビシンの抗がん剤のまとめです。

5月23日  1回目投与

6月10日  血液検査
  11日  診察
  12日  2回目投与

7月 2日  血液検査
   3日  診察
   4日  3回目投与
  31日  血液検査 診察

8月 1日  4回目投与
       ドキソルビシン終了。

みんなはドキソルビシンのことを赤い点滴とよんでいました。

あー終わってホッとしました。

次の種類の抗がん剤はみんな、白い点滴とよんでいました。




      
7月2日血液検査、3日にR先生の診察でした。

白血球は大丈夫。「次回の抗がん剤は受けて良し!」

といわれました。首の触診で何か、腫瘍を発見!!

「あら、何かあるわよ・・・・」とみんなで私の首を触る・・。

「やっぱり・・・・・」といいながら・・・。

心の中で「何があるのーーー!」とドキドキ。

どうやら首のあたりに腫瘍がある。そう言えば、自分でも触ったらありました。

で、CTの結果で子宮の筋腫が気になる・・・と書いてあったようで、

「次回までに子宮のMRIと首の腫瘍のエコーを撮ってきてください」と言われました。

また検査かぁ・・・・・。


次の日の4日3回目の抗がん剤を受けました。

この日もきちんと吐き気止めを飲んで調子がいいと思ったので、

夕ご飯にガーリックトーストを食べました・・・・。


そしたら、夜中に具合が悪くなって吐きました…。


ははは・・・・、やっぱり、ご飯じゃなきゃだめですね。

そのあとはしばらく日本食を食べて、吐き気止めも飲んで生活しました。


このころから頭が痛くなりました。抗がん剤の2日目と3日目はずっと寝ていました。

1回目と2回目の時はなかったのに・・。

そして、具合がよくなってから、首のエコーと子宮のMRIを撮りに行きました。

3回目だから生活の要領がわかってきて、買い物に行ったり、家の事をしたり、

いろいろしていたら風邪をひきました。(たぶん?)

7月は子どもの幼稚園が休みで(夏休み)いろいろ出かけてしまった。プールにも行きました。ははは・・・。

そして・・・、旦那が風邪をひいて、子どももひいて、家族全員、月末には体調を崩しました。

4回目の診察、抗がん剤の日も具合が悪くて行けなくて、1週間伸びました。


2回目の抗がん剤は21日後の6月13日でした。

その2日前に血液検査をします。それで、白血球がOKだったら受けることができます。

その前日、血液検査を持って、R先生のところへ・・・。

1回目の抗がん剤を受けた後の様子や、体の異変などについていろいろ問診と、

両方の胸や、首のリンパなどいろいろなところを触って確認しました。

特に異常はなく、次の日の抗がん剤が決定しました。

6月13日

クリニックの場所が移動していて新しいところになっていました。

すべてが新しくてきれいです。
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新しいにおいが・・・。
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で、21日ぶりの人たちにあいました。

同じ乳がんで、私の2つ上の人がいました。すごく明るくてげんきなPさん。

私がみんなに、髪の毛をそったんですと話すと、私も!と言って見せてくれました。

Pさんは、家族全員、剃ったそうです。

だんなさん、お母さん、こどもも(男の子)。

すごいですね!!!びっくりしました。

そこで、私のカツラが登場!

みんな驚いていました。「すごい!!!」

といってみんなでまわして、つけて、写真撮影・・・・。

「日本ってすごいわね!」と感心していました。

で、今回が最後の人がいて、みんなにケーキを持ってきてくれました。

会えないのはさみしいけど、治療が終わることはいいことだし・・。

私も、最後の時が来るのかな???と思いました。まだ2回目…。

気長に頑張ろう。

このクリニックの場所はデパートの近くで

この日は、抗がん剤の後、デパートに行って、散歩しました。旦那とデートです。

ははは・・・。

そして、家に帰って、前回の事がないように、吐き気止めを飲んで、夕ご飯を食べて寝ました。

少し具合が悪くなって起きたけど、はくことはありませんでした。

8時間おきにきちんと吐き気止めを飲み、快適に過ごしました。

においは相変わらずだけですが…。

この日に向けて、まえもって大根や好きなものを保存していたので食べ物も大丈夫でした。

でも、その3日後に、クックパット隊がきて、ご飯を作って行ってくれました。
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何回も来てくれました。
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たすかります!!!
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6月のおわりごろから、ちょこちょことお出かけをし始めました。
いつものカツラで・・・。
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私は学校も休むことができたし、子どもも幼稚園だし、料理も作りに来てくれるので

本当に幸せ者だと思いました。

がんばってなおそうと思って運動したらちょっと具合が悪くなりました。


ここのクリニックはすごく清潔にしていて、ソファも気持ちがいいです。
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このソファの上に白いシーツをおきます。
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看護師さんです。みんな終わって帰って、私だけ居残りです…。ははは・・・。

次の人が座るときにまた、取り替えます。手袋も毎回はきかえます。

ブラジルは日本よりバイ菌がうようよしていますからね…。


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1回目の抗がん剤を受ける前に

なんとなく、小さい虫歯を発見。でも、検査に忙しくて歯医者に行けませんでした。

小さいからちゃんと磨けば大丈夫と思ったのが甘かったです…。

1回目の抗がん剤が始まって2週間半が過ぎたところ…。

あれ?ちょっと虫歯が大きくなってる?(神経ありの歯)

とその次の日、違う歯で、かぶせていた物がとれました。(神経なしの歯)

2回目の抗がん剤が始まる前に歯医者へ行きました。


麻酔を使わなければ、なおすことができるとインターネットにのっていたからです。

で、先生にその虫歯のレントゲンを撮ってもらいました。

「うーん、これは深いね。神経を取らなきゃだめですね。」

ということは麻酔を使う、血が出る。ということです。

つめた物がとれたところは「これは抜かなくては駄目ですね」

がーーーーん。治療できない!!!

先生は「とりあえず、今の事をガンの先生に聞いてどうするのか判断してもらいなさい」

とのことでした。

「でも、これは痛くなるまでに3カ月はかかりますよ」といわれました。

その後、ガン科のR先生に聞くと・・・・。

「治療は駄目です。痛み止めをかって飲んでください」と・・・・・。

「抗がん剤が終わって3週間たったらいいです。」と・・・・。

抗がん剤を打つ前になおしておけばよかった…と後悔しました。


で、先生が言った3ヶ月後ではなく1ヵ月半後ぐらいから痛くなり始め、

それから1カ月間、毎日痛み止めを飲む日が続きました。

痛み止めを常に持って歩かないとだめでした。いつ痛くなるかわからないからです・・。

一応8時間後に飲んでいました。

そして、次第に痛みがなくなり………。気付いたら歯が欠けていきました。


現在(虫歯発見から7ヶ月後)その歯は、欠けてかけて・・・・、半分になりました。

もうこの歯は使えない。さし歯?になるのかなぁ…。

早く抗がん剤が終わって、歯医者に行きたい!!!!

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アマゾンにはいろいろな薬草があります。


先住民の方がいろいろ使っていたものを、私たちはそのまま使っています。

市場に行くとたくさんの薬草、オイルがあります。

効くのか、効かないのかわかりませんが、少しずつ紹介していきます。

今回は イペ・ホーショ 紫イペ と言います。

どんな木なのかはこちらを → イペ・ホーショ

今年の初めベレン近郊にある瀬古農園へ行きました。記事はこちら→ 念願の瀬古農園!

その時にガンにきくお茶があると言われたのが、イペ・ホーショの樹の皮のお茶でした。
イペ


この時、父ががんだったので父に渡そうとおもって、たくさんいただきました。

で、そのあとで私のガンがわかるのでした…。

手術前、腫瘍のところがすごく痛かったので、父に送らず、自分で飲みました。

2日後から痛みがきえました。手術までの2週間飲み続けました。(手術後から抗がん剤までも飲みました)

その2週間ではガンはなくなりませんでした。

7センチと大きいがんだったからか、それとも効かなかったのか・・・。

でも、痛みは治まったのでよかったです。

1袋15へアイスで 3パック入っています。

1パック 500mlの水で沸かして飲みます。

琥珀色できれいです。飲みやすいですが、あじは木っぽいです。

抗がん剤中に飲んでもいいと書いてありましたが、


私はにおいがだめで全部のお茶が飲めなかったので、

飲みませんでした。今からちょっと飲んでみようかなと思います。

でも、なかなかの貴重品なので、今注文しているのですが、まだ届きません。

それまで、ほかのお茶でも飲みましょう。

アマゾンのお茶はいろいろたくさんあります!!!次はどれにしようかな…。


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私の抗がん剤の治療計画

1種類目は(21日間おきにするもの)4回
Doxorroubicina ドキソルビシン
ciclofosfamida クロフォスファミド

5月23日木曜日13時半から点滴開始でした。

いろいろな人のブログを読んでいると5時間かかったとか書いてあったので

どのぐらい長いのかまったこわかりませんでした。
(説明がなかったので…。というか、質問しないと答えてくれないのです!!)

DSもって、本を持って、旦那と一緒に行きました。

気合を入れて1時過ぎにクリニックへ到着しました。

案内されて、いくつか椅子のある部屋へ…。私は1番乗り!
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看護師さんがやさしくお出迎えしてくれました。

「はじめてね。だいじょうぶよ。」と。(たぶんそう言っているに違いない)

しばらくすると、次から次へと患者さんが来た。

2回目の人5回目の人などいろいろな病気(肺がん、脳の腫瘍の癌などいろいろ)の人が一緒に抗がん剤を受けます。もちろん乳がんの人もいます。

だいたい年齢は私よりももっと年上…。

こっちの人はカツラという高価なものがあまりないのでみんなスカーフです。
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こんなかわいい飾りもあります。ブラジルらしい。
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だいたいみんなそろったら、カウンセラーの先生が来て、

「オイ!トゥードゥベン?」(調子はどう?)

と明るく入ってくる。旦那はその先生に、抗がん剤治療中の注意事項、症状などの説明を聞いていた。

CVポートを埋め込んだが、3日前だったため今回は右手から点滴。

なんか、痛くて何回も「ちゃんと入ってるの?」と確認をした。(自分でも怖がりなんだと思った)

点滴が始まって、みんなに自己紹介(新入りなもので・・・)

旦那もよくしゃべるしゃべる・・・。

私とだんながどこで知り合ったのか、どうして結婚したのか・・。日本はどうだったとか・・・・。

みんなもすごく元気で話に夢中。

看護師さんも話に加わり、大笑い…。

そんな中、赤い点滴が運ばれてきた・・・。
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この点滴は「毒」ですから、この点滴中は動かないでください・・・。

だって・・・・。こわーーーーーい!!!

おしっこも赤くなるので、トイレの後はきれいに石鹸でおしりを洗ってください。

とのこと。

ここはウォシュレットがありません。

そのかわり、トイレに小さいシャワーがついています。(水)

でも、私の家はトイレの隣がシャワー室なので、トイレのたびにシャワーを浴びます。

1週間ぐらいトイレに行くたびにシャワーを浴びるのでした…。

話は戻って、その赤い点滴ははやく打ってしまいます。といって、ものすごい速さで点滴をし始める・・。

30分ぐらいで終わり。で、そのほかの薬もかなり速いスピード点滴。

13時半から始まって16時には終わりました。

3時間かかりませんでした。DSも本も持っていったのに、話だけで終わってしまいました。

1人だけ、まだ長い点滴がありましたが、ほかの人は終了。

「またね!!!」と明るく帰っていくのでした…。

点滴が終わってから、具合が悪くなるのかな?????終わったすぐは全然普通なんですけど・・。

と思いながら家に帰りました。

家に帰るとおなかがすいたので、お茶ズけを食べてごろんと横になりました。

いつの間にかぐうぐうと寝てしましました。

子どもが帰ってきて(18時)子どものご飯を作って自分も夕ご飯を食べて、

少し早めに子どもと21時ごろ寝ました。

そして・・・・・、23時に目が覚め、急に具合が悪くなってはいた。

このとき、やっぱりはくんだ!!!!と思った。

旦那に水と吐き気止め(事前に買っておいたけど、吐き気がなかったので飲まなかった)

をのみ、休憩。はくとすっきりして(二日酔い?)また寝ました。

次の日は普通に起きて、胃はむかむかするけど大丈夫。

子どもを幼稚園に送りだし、一休みした時にまた具合が悪くなった…。

で、吐き気止めを飲み、ひとやすみ。吐き気はおさまったけど、においが・・・・・。

私の家には(下のお父さん、お母さんの部屋)猫が30匹以上いるんです。

その猫のにおいと、猫の掃除に使う洗剤のにおいがプーンとしてきました。

普通の時でもそのにおいは好きじゃないのですが、このときはすごくすごく鼻が効いていて

倒れるぐらい辛かったです・・・・。

昼時には私のために作ってくれているフェイジョンのにおいがもっとだめで・・・・・。

体力がなくなるからと、お肉の焼いたのと、野菜スープ(結構香辛料が強い!!)とフェイジョンとごはん。

においがきつくて具合が悪くなったので、全部下げてもらいました。

申し訳ないです。でも、無理です!!!

で、冷凍庫にあったごはんをチンして、お茶ズけを食べました。

食べるものがない!!! でも、においがだめで作れない。とおもって、

友人のTさんに「ご飯を作りに来てください!」と電話をしました。

本当にずうずうしいですよね・・・・。でTさんとRさんは次の日たくさんの材料を買ってきて

いろいろ作ってくれました。(買い物もいけなかったので・・)


ブロッコリー、大根、いろいろなものを作って保存してくれました。

吐き気はあるものの、吐き気止めを飲んでいるので、はきはしませんでした。

においはあいかわらずなのでかなりつらかったです。

ベレンは亜熱帯地域なので湿度が90%。その湿気のむわっという湿度がもっと具合が悪くなります。

ブラジル製品はにおいがつよいです。洗剤も、せっけんも、歯磨き粉も、香水も。


香水は命と同じぐらい大事なブラジル人。香水にはかなりやられました。

子どももつけるんですよ!!!子どもが幼稚園から帰ってくると、何かにおいをつけれられてくるんです!!!

子どもにも近づくことができない…。

すぐ、シャワーに入れてにおいを取ってから抱きしめる・・・・。

吐き気は5日間ぐらいでよくなりましたが、においはずーーーーーーと駄目でした。

3日過ぎたあたりで実家に、「ブラジル食は無理です。日本食を送ってください」電話しました。

実家はすぐ、SAL便でいろいろ送ってくれました。(早くて2週間で届きます)

そして、心配してくれている方が、家に余っている日本食をごっそりくれました。

本当に助かりました。作ってくれる人もいるし、

インスタントでおかゆも食べられたし、梅干しもいただけたし…。

人間、弱ると日本食(ふるさとの味が恋しくなるんですね…)

1週間も過ぎるとにおいの事以外は元気になり、家の掃除やら、片づけやらいろいろ動けるようになりました。

調子に乗りすぎて買い物に行ったら、風邪をひきました。ははは・・・。

やっぱり体は弱っているんだ・・・。

この時にいろいろなアマゾンの葉などを試そうと思ったのですが、

においがだめなので、基本、水しか飲みませんでした。お茶も気持ち悪くて飲めませんでした。

梅干しと、レモンジュースがよかったです。妊娠中のつわりの時期みたいです。

私の妊娠時はつわりがなかったのでわかりませんが、本当につわりの時期と似たような感じでした。

食べ物はだいこんがすごくおいしかったです。肉はとり肉でもだめでした。

2週間が過ぎたあたりから、髪の毛が抜け始めました。やっぱり・・・・・。
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子どもは、私がバンダナをつけてると、真似したがりました。


初めは面白がって抜いていましたが、だんなに怒られました。

掃除が大変だからそってしまおう!

ということになり、旦那がそってくれました。

ちょうど、その時に日本から荷物が届きました!!!


日本食と、あと、カツラも!!!

姉が乳がんの友達からいろいろ聞いて、お勧めの物を入れておいてくれていました!

祖母が乳がんの時に使ったカツラ!(これはほとんど使っていません)
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おねえさんもかぶってみる!?
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で、今でも使っている、役に立ったカツラと帽子。
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頭のてっぺんはないタイプで横だけのです。

ベレンは暑いのですごく重宝しています。

家の中では、初めのうち頭が寒かったので布の帽子をかぶっていました。

今は頭から汗が出るのでかぶっていません。


髪をそるとなんか吹っ切れた感じで元気になりました。

こうしてあっという間に21日間が終わり、2回目の抗がん剤の日になるのでした…。


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なぜ、乳がんになったのか自分でも信じられないです。

乳がんのリスクとして、高齢出産と書いてあったので

これがそうなのかも…。と思ったけど、リスクにあてはまらない人もいれば、

リスクにあてはまる人がいてもガンになるとは限らない・・。

はじめは、「なぜ?」と思っていていろいろ調べたけど、

調べてもきりがないということであきらめました。

パンとコーヒーで乳がんになるというのもありましたが、

それならブラジル人はみんな乳がんになる!!!!

だって、毎朝、パンとコーヒーなんですよ。
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私はガンとわかってから、週に半分はごはん、半分は玄米パンにかえました。
(気持ち、そっちの方が健康なような気がして・・・・。)
でも、時々、パンが余ると普通のパンも食べますけど…。
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ブラジルではパンとコーヒーは生活に欠かせないですね。

そして、病院での検査ではいつも、「身内にガンの方がいますか」と聞かれます。

私は母方の祖母が80歳の時乳がんになりました。現在93歳元気です!!!

去年2012年に父の膀胱がんが発覚!骨、リンパ、肺に転移し、末期がんです。

今も治療中ですが、元気です。私の乳がんとは関係なさそうです。

ガンとわかった時旦那が私のことを「かわいそう、かわいそう、ブラジルに来たからガンになったのかな?」

「日本に住んでいたらガンにならなかったのかな?」とぐちぐち言います。

私は過去は過去のことで今、あの時に・・・とか、あの時こうすれば…というのはあまり好きじゃありません。

時々考えることはあっても、人にはあまり言いません。

だから、旦那に、いつも「もう、過去の事は言わないで、今からの事を考えよう!」と言います。

ブラジルに来たから、子どもがうまれたのかもしれない。

日本に住んでいたら、仕事が忙しくて子どもがうめなかったかも。

だから、ブラジルに来たから、がんになったわけではないと思います。


ブラジルに来てから新しい出会いがたくさんありました。

旦那も仕事がきちんとあるし、子どもも生まれてすごく幸せだと思います。

ガンになっても、助けてくれるなかま、親戚、日系の方がいるし、

保険に入っているので、医療費もあまりかかりません。

すごくラッキーだと思っています。あとは、これからの生活、食生活を見直して、

大事に生きるしかないと思います。

病気になって、今、生きていることが幸せなことに気づかされました。

突然の事故でなくなるより、ある程度覚悟しておくほうが私はいいとおもいました。

私の抗がん剤が始まる前に、同じベレンに住んでいるガン治療をしている方がなくなりました。

最期はみんなに囲まれてすごく穏やかな最期だったと聞きました。

そう感じるまではいろいろ大変かもしれません。

でも、私はそのことをきっかけに死に対する怖さが少し減ったと思います。

それまで、楽しく過ごしたいと思います。子どもの成長も見届けたいですし…。


乳がんになる前に、私は子宮に大きな筋腫がありました。(がん検診で気付いた)

握りこぶしぐらいの大きさです。でも、私は自覚症状がないから、ほったらかしにしていたのです。

産婦人科のクリニックから電話が来て「MRIの結果を持ってきてください!」といわれ、

しぶしぶ持っていった。(MRIまでは受けたけど面倒で病院に行かなかった・・)

そしたら、すごく怒られて、「この腫瘍は黒いからガンかもしれませんよ!」といわれました。

結局は違ったのですが、その時に「もう、私はガンだ・・・・」と病院で大泣きしました…。

家に帰っても一人で泣き、同僚に電話をして慰めてもらいました。

同僚は何回も「大丈夫!」と言ってくれました。

その後、手術をして無事終了して、仕事にもすぐ復帰できました。

そのことがあってか、今回はガンと言われても、あまり動揺せず、素直に受け止められました。
(前回の時たくさん泣いたから…)

でも、1回だけ泣きました。手術の抜糸をしに病院に行った時、

初めて受診した婦人科のK先生(日系のおばさん先生)に偶然会いました。

K先生も状況がわかっていたみたいで「大変だったね、大丈夫?これから頑張ろうね」
(日系の方なので日本語が話せます)

とやさしく声をかけられたときに泣くつもりはなかったんだけど、

涙が出てきてしまいました。それを見て旦那もびっくり!!(初めて泣いたんですから…)

少し泣いて収まりましたが、自分でもなんでかよくわからない・・・。

そんな時があるんですね。

これから長い治療が始まりますが、気長に仲良く付き合っていこうと思います。

なるべくならあまり長く付き合いたくないですが…、ははははは。

なぜ、病気になったのかは・・・、気にしない、気にしない。


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私の通っている(保険に入っている)病院はこちら→アマゾニア日伯援護協会

病院の先生方をはじめ、事務の方々などいろいろお世話になっています。

ベレンで唯一の日系の病院です。

旅行で病気になったら、ぜひ、ここへ…。

ポルトガル語が話せなくても、日本語が話せる人を探してくれます。

病院には誰か話せる方がいます。

普段はポルトガル語ですが…。

毎回同じことしか言わないので、使う言葉だけは覚えます。

入口
IMG_3461.jpg

古い方の建物。
IMG_3462.jpg

新しい方の建物(あたらしいってどのくらいだろう????)
IMG_3463.jpg

中はいろいろ建て替えがあったのできれいなところが多くなりました。

受け付け
IMG_3302.jpg

血液検査や、尿、検便の検査の受け付け
IMG_3298.jpg

レントゲンやエコーなどの受け付け
IMG_3303.jpg

入院の部屋は写すのを忘れました。(大部屋)

でも、個室なら、子どもが入院した時のがあります。
個室はこんな感じです。やっぱり入院するなら個室がいいです。
旦那が寝ています。つかれきって・・・・・。
IAN生後0カ月 (63)

IAN生後0カ月 (68)

やっぱり、家から近い(徒歩5分ぐらい)のが一番いいですね。

日本の病院の方がいいですが、ここでも十分な治療が受けられます。(たぶん)

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CVポートとは、こちらを→化学療法サポート

抗がん剤を腕からでなく、直接静脈に入れるものです。

私は左のリンパを取ったため、点滴、採血、そのほかの注射を全部右側でしなければなりません。

抗がん剤の事を考えると右の血管はどうなってしまうんだろう…と思い、CVポートの埋め込みを決めました。

はじめ、ガン科のR先生から勧められましたが、

ポカセッチ(CVポート)とはどんなものなのかわからなかったので

怖い!と思っていましたが、説明を受けて、考えて、

埋め込む方が楽!?(看護師さんも)と思い、

埋め込むことにしました。(費用も保険内だったので・・)

注文してから11日後やっとCVポートが届き5月20日に手術。

手術の時間は14時の予定でした。だから12時には病院で受け付けをしてくださいと・・・。

12時!?いや、まて、左胸摘出手術の入院のとき、3時間前に行ったけど、2時間半待たされた…。

30分前に行こう!とおもって旦那と13時半ごろに行きました。

日帰り手術だけど、入院の手続きをしました。(万が一のことを考えて?)

で、病室に案内されました。一人、先に入院していました。

血圧、体温を測り、手術着を渡され、「お待ちください」といわれました。

旦那は仕事があったので、「手術が始まりそうだったら電話ちょうだい」と言って仕事へ行きました。
(日帰りの、ポートを埋め込む簡単な手術だったので誰も付添とかいらなかった)

一緒に入院している人は、きのう、台所で転んでひざを打ったかたで、日系人で日本語がぺらぺらでした。

で、膝が・・・・。すごくはれていて、痛くて動けない様子。でも、先生がいなくて手術ができなくて待っているところだったらしい。

こんなにはれていてすぐ手術できないの!?とすごくかわいそうになった・・・・。

話をしていた方が痛みがなくなるから…と言ってずっと話をしていた。

日本へ出稼ぎに行った事とか、子どもの事、日本の事などなど・・。話がつきない・・。

私の手術は14時からなのに連絡が来ない…。

時々来る看護師さんに「まだ?」と聞くけど、「わかりません」だって。やっぱりブラジル。

で・・・・・・・、16時にやっと呼ばれた…。

2時間待ち…。話す相手がいてよかったけど、一人だったらさみしかったなぁ。

で、小さいベッドみたいなのにのせられて、おしりに注射して移動。

歩いて移動できるけど?寝たままエレベーターにのって移動…。そして、オペ室へ。

ここでまた、廊下で待たされる…。あちこちで手術をしている音が聞こえる・・・・。

こわーーーーーー!!!

で、20分ぐらい待ってオペ室へ・・・。

そこでも何も準備していなく、とりあえず手術台へ・・。

で、また、そこで待つ…。ドアが開いていて隣で手術しているのが見えるの・・・。
(先生の手元が・・・・)

怖くて見れないけど、見てしまう・・。時々、先生と目が会う。

こわーーーーー!!!

で、そこでも20分ぐらい待って、

やっと、看護師さん達がきて、手術に使う機械とかパソコンのようなものとか運び出したり、移動したり・・。

手術に使うハサミとか注射とかみえて、こわーーーーーー!とおもった。

ある意味、ここでしか経験できないことだと思って、いろいろ準備の様子を見ていた。

そこで、ポート埋め込みの先生登場。先生は日本語がすごく上手です。

で、看護師さんにも日本語が話せる方がいて、3人で手術前に話しました。

K先生「局部麻酔ですからね」

私「先生、局部麻酔って難しい言葉よく知っていますね」

看護師さん「局部麻酔ってなんですか?」

K先生「OOOっていう意味だよ」(ポルトガル語が聞き取れない)

看護師さん「そうなんですか、覚えておきます。」

私「先生はなんでそんなに日本語が上手なんですか」

K先生「北海道大学で2年間勉強しました。札幌はいいところですね」

私「えー!私、札幌からきました!!!」

K先生「そうですか、札幌は大好きです。わたしの故郷です。勉強が終わってからも旅行に行きました」

などと、会話をしているうちにじゃぁ、麻酔します・・・・・。と言って始まった・・・。

もっと話したかった……。札幌が懐かしく思えました。

局部麻酔だから意識はあるのかと思ったら、眠る薬が入っていたのか手術中はずっと寝ていました。

夢を見ていました。(内容は忘れましたが…)

で、「おわりましたよ」と起こされました。

始まる前に時計を見たのが17時20分ぐらい。

で、終わった時に、無理やり目を開けて時計を見たら18時でした。

でも、眠くてぼんやりしていて、先生と何を話したかわからない…。

で、終わった手術台を見て、血がたくさんついた布があって、

また、こわーーーーーー!と思いました。

病室に戻ったら、旦那がいて、「先生19時には、帰っていいよ、だって。」と・・・。


そして19時になったけど、まだ眠たくて「ちょっとだけ寝させて」といって、すぐ寝ました。


起きたら20時でした。はっ、子どものお迎え、夕御飯は?と気付いて目が覚めました。

お迎えはお母さんがしてくれたけど、

ご飯は何を食べさせていいのかわからないのでお菓子を食べてるって…。

えー、ご飯ぐらい食べさせてよ。と思いながら20時に退院しました。(近所なので歩いて帰ります)

抗生物質を飲むぐらいで、傷口も何も痛くありませんでした。

消毒も自分で・・。(もう、慣れました)

傷口は化膿することもなく、無事6月7日(手術後17日目)に抜糸しました。

この時、もう、抗がん剤を受けていたので

なかなか、病院に行けず、抜糸をしてもいいのに行くことができなかった。

で、抜く時すごくゆっくりで、皮膚に糸が埋まっていてすごく痛かった…。

4針ぐらいなのにすごく痛かった・・・・。抜く時期が遅かった…。

で、胸の手術で忘れていた抜糸もこの時に取ってもらいました(笑)。


子どもが皮膚がポコンとしているところをすごく触りたがっていました。(笑)


すごく気になるよね…。私も・・・。

20日に埋め込み手術をして、23日に抗ガン剤治療開始でした。

でも、CVポートは使えませんでした。(手術をして間もないので)

で、1回目は腕から点滴をしました。

時々、病院で会うK先生、知り合いの先生が増えてよかったです。

やっぱり、アマゾニア病院に入っていてよかったなぁ。

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4月29日にがん専門の先生のところに行き、診察をしました。

手術を受けた病院ではなく手術をしたA先生からの紹介のR先生です。

がん専門のクリニックのようなところです。

いろいろな病院からガン患者が集まった感じのクリニックです。

ここで、診察と抗がん剤治療をします。

家から歩いて25分ぐらいのところです。(初めはタクシーで行きました)

旦那と一緒に初診。すごーく長い説明・・・。(私はまったくわからず)

次回は5月13日その週から抗がん剤をしましょう。ということになった。

でも、次回は違う先生が診察するらしい。

ここのシステムは2人の先生が交代で診察をして治療を進めていくという感じです。

まぁ、よくわかりませんがその指示に従うしかありませんね。

旦那に、先生の話を聞くと・・・、人間はどのようにして生まれたのか、細胞は・・・・などとチアゴもよくわからない話をしていたそうです。

で、結局、何の種類の抗がん剤なのか、どのくらいの期間をするのか旦那はまったくわかっていない!?
とりあえず、
抗がん剤は21日間1回のを4回と1週間に1回を14回、そのあと放射線をする。
ということだけはわかった。

詳しいことを知りたいので、次回に質問することを全部紙に書いて行こうと思いました。

抗がん剤の前にいろいろ検査をしました。すごく忙しかったです。

血液検査
CT
脳のMRI
骨シンチ
肺のレントゲン
CVポートを埋め込むのでその診察、静脈検査、心電図、心臓のエコー、埋め込み手術

一つの病院でできるわけではないので3か所の場所に行って受けました。

スムーズに!?行かないところがブラジルらしかったです。ははは・・・。

CVポート(ポカセッチ)を頼んだけど全然ベレンまで届かなかったり、
(どうやら、サンパウロからトラックで運んでいたらしい)

検査には旦那が付き添ってくれたのですが、何の検査をしに行くのか旦那も私もわかっていない…。

検査の機械をみて、あっ、CTなんだとか、MRIなんだとかわかった。
旦那はMRIの機械を初めて見たらしく、(ポケットの中にカギを入れていたままだった)
すごく驚いて興奮していました。

CTでは、機械が何かしゃべっていましたが私は何も分からず・・。
「息を止めて」とか言っていたらしい。でもわからなかったので、そのまま・・。
画像はちょっとボケていました。

CTの造影剤なのか、何かわからない液体を注射するとき、検査の人がすごく焦って
もれた。腕や服に液がついたけど・・・・・。ははは・・・。

脳のMRIでは検査の前日に電話が来て「機会が壊れたので違うところに行ってください」とか・・。

ほとんどの検査で造影剤を注射するので、注射するのが嫌になりました。

左腕はできないので全部、右の腕・・。

CVポートがなかなか届かない・・・。

あっという間に13日になって、もう一人のガン科の先生日系人のM先生のところに検査の結果を持っていった。
(全部終わっていない)

すると、子宮に筋腫があるので、これは・・・・・・・とあやしい感じ・・・。
MRIで再検査とのこと・・。はぁ、検査が増えた。

本当は16日から抗がん剤開始予定だったけど、

「CVポートの埋め込みを抗がん剤前にしたい!」

とだだをこね、1週間延ばしてもらった。
「もう今でも治療が遅れてるのに!!」と言われた。

抗がん剤の名前は

1種類目(21日間おきにするもの)4回
Doxorroubicina ドキソルビシン
ciclofosfamida クロフォスファミド


2種類目(1週間おきにするもの)12回
Paclitaxel パクリタキセル

です。そのあと放射線が25回と言っていました。

で、やっと5月20日にCVポート埋め込み手術ができました。
(また別の記事で…。)

まとめると

4月29日  ガン科のR先生の診察、治療計画など
5月 2日  CTの予約、先生の診察の予約[2人分]
   3日  血液検査、CT
   6日  ポート埋め込みの先生の診察、肺のレントゲン、CVポートを頼む
   7日  心臓の先生の診察、脳のMRI、
   8日  静脈の検査、心電図、心臓のエコー、レントゲン・血液検査を取りに行く
  10日 髪を切りに行く
  13日 ガン科のM先生診察
  14日 CT/心電図・心臓のエコーの結果を取りに行く
  15日 骨シンチ
  17日 CVポートが届く、手術の予約
  20日 CVポート埋め込み手術(日帰り)
  22日 MRIと骨シンチの結果を取りに行く
  23日 1回目の抗がん剤治療(日帰り)

ほぼ毎日病院に行っていました。
検査の受付には毎回行っていたので、受付の人とお友達です。
旦那は、「ポイントカードありませんか?」と言っていました[笑]

本当に何回も、何回も行きました。

検査も大変ですね・・・・。
予約、受け付け(許可と検査場の2回しなければなりません)、検査、結果を取りに行く。


もっとスムーズだったらいいのですが・・。


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結果が来たのですが、何を書いてあるのかまったくわからない…。

旦那に聞いてもわからない。(専門用語だからあたりまえか・・・)

で、結果を持って先生に行くと・・・。

「ちょっと悪い方のガンでしたね。」ぐらいで説明は終了。

がん専門の先生も、「ホルモン治療はききますね。抗がん剤治療をして再発を予防しましょう。」

詳しい説明はなし。と聞いても旦那の通訳なのでわからないです…。きっと。

その当時はまぁ、いいやという気持ちでそのまま治療に入ったのですが、

半年たった今、なんだか気になって調べてみた。

グーグルの翻訳で・・・。単語はわかるけど、文章になるとちょっとあやしい・・・。

1回目の検査結果

Câncer de mama invastivo 浸潤性乳管癌

Tumor ME BIRADS Ⅲ     ステージⅢ
Linfonodo sentinela positivo  センチネルリンパ +

ステージがⅢでリンパに転移があるっていうことですね。

その下にはどのくらいの大きさで、断面が・・・とかいろいろ文章で書いてあるけど
全部の訳がわからない。わかったものは・・、

えきかかくせいを0.5~2.5センチの35節を取った。
A-C腫瘍 D-E軽傷 F乳首 G腫瘍なし H-Sリンパ節  

うーん、意味がわからない。

grau histopatologico 3 病理組織学グレード3

grau nuclear 3 核階級 3

mitoses 3 有糸分裂 3

formação tubular 3   管状の形成 3

悪性度 最上!っていう感じでしょうか。

腫瘍の大きさ

1つ目 左下に 7.0×4.0×2.5㎝
2つ目 左上に 0.5×1.0
3つ目 右上に 0.5×1.0


かなり大きな腫瘍だったんですね・・・。

だって、気付いていたのに4カ月放置していたので・・。

えきかリンパ節に転移 (+2/35)

pT3 pN2a pMX

T3は 腫瘍が5センチ以上だそうです。

N2aは リンパ節に転移が認められる場合。

MXは まだ、転移しているかどうかわからないという意味だと思う。

そして最後に「転移を確認するために全身検査をしましょう。」と書いてありました。

2回目の病理診断は・・・。

Receptor de estrogeno Positivo fraco, 50% das céluias)

Receptor de progesterona Positivo fraco, 10% das céluias)

Produto do oncogene HER-2/neu Escore 0 90% das céluias

Ki-67, MIB-1 Positivo em 60 das céluias


エストロゲン受容体  (+) 弱い、50%細胞

プロゲステロン受容体 (+) 弱い、10%細胞

HER-2   スコア0 90%細胞

Ki-67 MIB-1  (+) 60%細胞


乳頭腺管癌か充実腺管癌か硬癌の分類は書いていなかったような気がします。

まとめると、

腫瘍が大きくて、リンパに転移があって、

グレードが3なので達の悪い物で増殖率も高い!?

でしょうか・・・。

一人ひとり結果は違いますが、それぞれにあった治療法があるのはいい事ですよね。


で、この後全身検査を受けて、抗がん剤の治療へと進むのでした・・。

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私の住んでいる町では、1年に一度カトリックの大きなお祭りがあります。

ナザレのシリオです。

ナザレはベレンにある大聖堂の名前です。(キリストの生まれた町の名前と同じです)

シリオとはろうそくの意味で、夜、みんなでろうそくを持ってマリア像を囲んで教会まで行進します。

昔、現在のナザレ教会の場所で、漁師が木彫りのマリア像を拾いました。

家に持って帰ると、次の日なくなっていたそうです。そして、落ちていたところに戻ると

マリア像があったそうです。そんなことを2回ぐらい繰り返して、

その見つけた場所に、小さなマリア像のほこらみたいのを作ったそうです。

その後、そのほこらはナザレ大聖堂になりました。

アマゾンで唯一の大聖堂です。[私はいつもナザレ教会と言っていますが本当は大聖堂です]

そこに、マリア像が飾られています。
(でも、本物は別の場所に厳重に保管されていて、私たちが見るものはコピーです)

このお祭りのときに、いつもは天井の方に飾られているマリア像が、下に降りてきて間近に見られます。

お祭りの前日、夜のシリオがあり、ナザレ教会からセ教会(ベレンで古い教会)までマリア像を運びます。

この時、みんなろうそくを持って歩くからすごくきれいです。

次の日、朝6時からセ教会からナザレ教会まで歩きます。
cirio2005 (13)


これがすごく暑いので大変です。で、これから願い事をする人、願い事がかなった人は綱を持って歩きます。

基本は裸足です。綱を持つ人は限られているので、持てない人は、その横を歩くだけ。
cirio2005 (6)


でも、歩くだけでも人が多くて大変です。

そして、願いがかなった人で根性がある人は、教会までの間、ひざで歩きます。
(周りの人は段ボールをしいたりして助けます)

ろうでつくった体の部分を持って歩く人もいます。足とか、頭とか…。

それは病気がよくなりますように、よくなりました。という願い、お礼の気持ちをこめて持って歩くそうです。

そして、教会に納めます。

ちょっと、今年はあの大勢の中には行けないので(抗がん剤治療中)

来年、治ったらおっぱいの形のろうを持って歩こうかなぁ。
ちょっと恥ずかしい!?

いえいえ、ブラジルでは全く恥ずかしくありません。

みんなオープンですから。

私はカトリックじゃないけど、なんか参加したくなりますね。

これはフィッタといって、ミサンガみたいなもです。
IMG_3343.jpg

手首や足首に巻いて、3回縛ります。縛るときに願い事を言います。

3つまでOKです。
IMG_3423.jpg

今年は家でゆっくり、シリオを楽しみます。

来年のシリオのレポートにご期待ください。(それまでには治療終わってるよねぇ)

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手術をして、退院してから家の事が出来ないので料理も作れない・・・。

家は旦那の両親と同居だが、食事は別々…。

ブラジル人の夕食はパンとコーヒー・・・。

そこで、日本人妻の友人や、日系の方など毎日のように

昼食を持ってきてくれたり、夕食を作りに来てくれたり・・・。

手術後1カ月間はそんな感じでみんなにお世話になりました。

本当にうれしかったです。

左のリンパを取ったので、左手、うではけがをしてはいけないと言われました。

ひやけも・・・。

だから、今でも料理がちょっと怖いです。

私、料理が下手なので…。


術後13日目(4月15日)に病理結果がきました。それを持ってA先生のところに行くと、

「もっと詳しい検査が必要だから」といわれ、また癌の細胞を別の検査場へ…。

なぜ、いっぺんにしないんだ?と思い、検査場に連絡…。

術後22日目(4月23日)に抜糸。

この時も、看護婦さんがいるわけでなくA先生とアシスタントの旦那が対応。

先生も手術の時間が迫っていて、急いで抜糸。ものすごい速さというよりは適当!?です。

で、3本ぐらいとり忘れがありました。全然痛くなかったです。早すぎて!?
(この3本は後日救急センターのところでとることになります。)

そして、2回目の病理結果が来て、A先生ががん専門の先生を紹介してくれました。

今後はそのガンの専門の先生(R先生)が担当になります。

いろいろ担当が分かれているんですね。

術後27日(4月29日)にがん専門の先生のところへ初受診。

癌細胞の結果や、検査をもとに今後の治療計画を伝えられました。


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左乳房の摘出手術が終わり、退院した時

みんなが、みんな言うことがある。

「えび、豚肉は食べちゃだめよ!」

理由は傷口の治りが遅くなるからとのこと・・・・・。

まぁ、えびやカニなどの甲殻類は傷口が化のうしそうな感じがするけど、

豚肉って・・・・。

日本人はみんな食べてるんじゃないか!?

ベレンのスーパーではあまり豚肉が売っていません。。

肉屋さんに行けばあります。でも、みんながよく食べるのは牛、鶏です。

ベレンの人(ブラジル人)にとって豚のイメージが悪いようです・・・。

ソーセージは好きなようだけど…。


A先生に聞いたところ、「科学的根拠はないです。でも、みんなが言うならやめた方がいんじゃないですか?」

うーん。

まぁ、傷口がよくなるまで、我慢しようと思いました。

でも、現在(術後半年、抗がん剤治療中)でも豚肉、エビを食べないほうがいいと言ってくる・・・。

一体いつまで我慢すればいんだろう…。

はやくエビ食べたい!!!

豚肉の餃子が食べたい!!!

でも、ちょっとだけ食べました。

ベレンにはすごくおいしいエビがあるんですよ!!!

ピンクエビといいます。日本にも輸出しているそうです。
momo 086


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いつも病院へ行って思うこと。


病院に通う人で付き添人がいることが多い。

お年寄りは当たり前、若い人でも、親か、友人、恋人・・・などなど

付き添う人が多いです。

私はポルトガル語に自信がないので、だいたい旦那に付き添ってもらいます。

救急センターで点滴をしていると、何度も「いたい!いたい!」という声が聞こえます。

そのような場面は何回も聞きます。

旦那もそうですが、今でも点滴をするとすごく具合が悪くなるそうです・・。

今、抗がん剤の点滴中ですが、その時に一緒にする

仲間も毎回泣いたり、「いたい」と言ったりします。

なんか、子どもみたいでかわいく見えてきます。

私は看護婦さんに、「いつもあなたは強いわねぇ」と言われます。

そんなに痛くないと思うんだけど…。

ブラジル人は感情をすごく出します。

愛情表現はすごいから…。だから、痛いのも我慢できない!んですね。

私も今度、感情を出してみようかな…。



手術から3日目(退院から2日目)

また、ドレーンを連れて動く生活が始まります。

本当に不便です。寝る時もどこにおいていいのか定まらない。

この日から子どもと一緒に寝るので、

引っかからないか心配だし寝返りもできないから不便な感じがしました。

なぜ、子どもと一緒に寝るのかと言うと、

息子は卒乳してから、右手は指しゃぶり、

左手は私のわきをさわりながら寝るんです。(今でもです。現在2歳8カ月)

左はだめなので、右のわきを触ります。

この時点で卒わきをすればよかったんですが・・・・。


子どもが幼稚園に行ってから、時々リハビリ。でも、全然腕が上がらないし、

左わきのリンパを取ったのですごく変な感じ。(今でも。半年たったけど)

この腕上がるのか?と思ったけど、時間がたつにつれてよくなりました。

現在(6ヶ月後)は普通に動きます。わきを触られると変な感じですが・・。


お昼ごろ傷口の消毒。退院の日、薬局でガーゼや、消毒液、テープなどを買ってきました。
IMG_3395.jpg


結構高い!消毒液は安いけど、

ガーゼは4枚しか入っていないのに2へアイス。
取りかえるのに3つか4つは使います。

テープは10へアイス。安いのははがすときにすごく痛い!!!

ドレーンがつながっているところは絶対はがさないでと言われたのでつけっぱなし。
でも、テープが外れてくるのでテープを重ねてはっていく・・・・。


ドレーンはどんなものかと言うと・・・、

写真を撮ったはずなのですが、データーがどこかへ・・。
(半年も前の話なんで・・)

絵を描いてみました。
IMG_3396.jpg


丸い形で、中の液を抜くふたがあり、プラスチック製です。

で、中の液を抜く時は(毎日どのくらいの量が出ているか測ります)

くだを止めて、ふたを開けて、液を計量カップに移します。

で、移したら手で、ぎゅーっと抑えて、空気を出してふたをします。
バネが入っていて結構力を使います。

この日は180mlでました。すごい!!

家にある計量カップ1つしかなかったのに……。


この日も家でテレビを見て過ごしました。

次の日からは、だいぶ動けるので気になる家の掃除をしました。
(旦那だけの掃除ではきになる・・・・・・)

ドレーンをつけたままでも、食事に行ったり、買い物に行ったりしました。
(家にいてばかりではストレスが・・・)

術後
4日目は110ml
5日目は90ml
6日目は70ml
7日目は60mlこの日にまた診察に行きました。
でも、ドレーンはまだはずせず・・・・。
8日目 50ml
9日目 20ml この日にまた診察。ドレーンを抜きました。

4月2日に手術して、11日にドレーンが抜けました。

やった!!!さいごの方はドレーンの入れ物が壊れていたらしい。

ドレーンを抜く時は、先生がポルトガル語だからいつ抜くかよくわからない。
旦那がいきなり歌をうたいだし(気を紛らわせるため)それで、今抜いているんだと気付いた。

で、ドレーンの管が長かったらしく、旦那は歌を驚いた感じでうたうので、その歌い方がおかしくて・・・・・。

抜けた後、「すごくながかった!」と報告してくれた。

診察にはほぼ100パーセント旦那が付添します。(学校を休んで・・・。)

ドレーン抜きは、旦那の歌がおかしかったので、痛くなかったです。

ドレーンを抜くときや抜糸、傷口を見る診察など、看護婦さんはいません。
A先生の場合(ほかの婦人科の時はいますが)

だから、旦那がぜんぶ助手をします。

がーぜ! テープ!と先生が言って、旦那が手袋をはいて・・・・。

なんだか不思議な感じでした。
これも、ブラジルでしか味わえない経験ですね(笑)

ドレーン抜きの生活!!わーい!!!

でも、少しの間、「あれ?」とドレーンの事が気になる感じでした。


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私の住んでいる町を紹介します。

ブラジルの北部にあるパラー州の州都のベレンという町です。

人口 約140万人

平均気温が30度。 赤道直下の町で亜熱帯気候、アマゾン地域。1年中暑いです!

アマゾン河の支流に囲まれた町です。

昔ポルトガルの植民地でした。

町の紹介

べロ・ペーゾ市場
ano novo 013


魚、野菜、肉、くだもの、そのほかいろいろなものが売っている面白いところ。
RIMG1063.jpg

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macapa (144)



薬草も売っています。

RIMG1055.jpg

パス劇場
すごくきれい。
belem 057



ナザレ大聖堂
カトリックの教会です。10月13日にブラジル最大のシリオ・ジ・ナザレというお祭りがおこなわれます。
私も治るようにお祈りします。
なおいこがきた (1)


フルーツはたくさんあるのですが、これはクプアスというくだもの。
ちょっとすっぱいですがおいしい。
アマゾンにはたくさんのくだものがあります。
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アサイという実は体にもいいです。
kakau (10)

旅行 094

アサイのアイスクリーム
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タピオキーニャ

旅行 099

パットノトゥクピー
亀を食べる (13)

マニソバ
ホベが来た 002

パラー州は昔、インディアンが住んでいました。その食文化が今でも残っています。

年中暑くて大変だけど楽なところもあり、汚くて危険ということもあるけど、

パラーの人はおおらかでやさしい。

ブラジルはいろいろ手続きとか時間がかかるし面倒なことが多い、でも許しちゃう…。

なんかすごく不思議な国(町)です。


病気のことでいろいろ国(町)の文句を言ってしまうかもしれませんが・・・・、


大好きな国(町)です。


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退院をして次の日、起き上がるとドレーンがついていて何か変な感じ・・・。

子どもがドレーンを指さし、「いたたい?」と聞いてくる。

痛くはないけど、「いたたかいから、さわらないでね」と言うと理解してくれた。

この日から子どもは抱っこできない。でも、子どもは子どもなりにわかっているようだ。

抱っこはできなくても、愛情表現はたくさんあるし。


退院して左腕は上には上がらないが、動かないわけではないので、
普段通りの生活ができる。

ただ、どこへ行くにもドレーンを持ち歩くだけ。

時々、立ち上がって歩き始めて、「あっ」と引きずっていることに気づく・・・。

ドレーンが抜けるまで、何度引きずったか・・・・・。

掃除も片づけもいろいろ旦那がしてくれるので、何もしない。

椅子に座ってテレビを見る・・・・。

なんて、幸せな生活なんだろう。と思った。(子どもは幼稚園)

こんなにゆったりした時間を過ごすのは、すごく久しぶり。

昼食は旦那のお父さんが作ってくれるし・・・。

昼寝したりして、またテレビを見て・・・・・。

で、次はシャワーです。(ベレンはお風呂はありません。暑い国なので)


旦那が横でドレーンをもって、腰から下はシャワーを浴びてあとは濡れたタオルでジャブジャブと・・・。

傷口のガーゼは濡れてしまうので、シャワーの後取り替えます。

手術2日後は自分で取り換えるのが怖いので、旦那にしてもらいました。

3日後も旦那で、4日後から自分で取り換えました。(鏡を見ながら)

シャワーも自分で・・・。ドレーンを片手に持って浴びる・・・・。


傷口ですが、私は胸が小さい割に、腫瘍が大きかったので(3つあったし)

えぐれているわけではないですが、傷口がかなり、引っ込んでる感じです。

縫い後もがっつりです。先生が下手?と思いましたが、

同じ先生の手術の傷口を知り合いに見せてもらったら、きれいだったので下手ではないんだと思う。

私の場合が悪かっただけなんでしょう。

他の人のも見たら、縫わないでテープだったり(すごくきれい)、

シリコンを入れてるからまったくわからない感じだったり・・・・。

わたし、今後大丈夫かな?(傷口を気にして、うつ病とかにならないかな?)と思ったけど、

現在(6ヶ月後)も特に気にならないので、そのままでいいかぁ。

ブラジル人はすごく気にするようで(みんなそうかもしれないけど)

今も「シリコン入れたほうがいいよ」と言われます。

旦那も責められます。「旦那がきちんとしていない」「奥さんをかわいがっていない」と言われます。

でも、シリコンは入れないでしょう。

ベレンは暑いのでタンクトップ1枚で過ごすことが多いです。

ユニクロのタンクトップブラがちょうどいいです。

話は戻って、退院後(術後2日後)また、A先生のところに診察。

ドレーンがついているので、あまり待たないで横入り診察!!!

傷口を消毒して、ドレーンのパックに入っている液?の量をはかる。

初回、100ml

「毎日、量をはかってください」とA先生。

測り方を教わる。

「少なくなったら、はずしましょう。5日後にまた来てください。」
 
「がんの細胞は今、検査に出しているので結果が出たら検査場から連絡が来ます。」

とのことでした。A先生のところでなく、自分で検査場まで結果を取りに行かなくてはいけないのでした。

結果は2週間後です。

こうして、次の日から左腕のリハビリが始まるのでした。


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