ブラジルに永住して2013年3月に乳がんが発覚。当時39歳。現在40歳!ステージⅢ。1年後、肝臓、甲状腺に転移。
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ももたん

Author:ももたん
ブラジルの北部にあるベレンという町に2009年に永住しました。そして、2013年3月に乳がんが発覚!ステージⅢ。1年後、脳、肝臓、甲状腺に転移。現在治療中。日本とはまったく違う文化のブラジルでの治療を紹介します。どんな治療法?どんな生活なのか、ゆる~く紹介したいと思います。

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とうとう、4月2日が来ました。
この日から子どもは1日保育へ…。

前日までに入院の用意…。

入院と言われても、病院側から持ち物表などをもらうわけではなく最低限なにを持っていいのかもわからない・・。何日間入院かもわからない・・・・。

いろいろインターネットで調べて用意しました。

でも、使った物は・・・・・。

携帯電話
パーカー
退院用の服
ひざかけ

ぐらい・・・・・。

本当にこれだけです。
すごくはりきって、お茶とか、コップとかタオルとか持っていったのですが
なにも!使いませんでした。

18時に手術なので3時間前に来て下さいと言われたので、15時に受け付けへ…。

そこで、サインとか注意事項を聞く・・・。
・女性の部屋なので、男性の方は付添できません。
・付添の方の食事はどうしますか?

ぐらいです。
入院の人は食事が出ますが、付添の人の食事は出ません。
でも、頼んでおくと(100へアイス前払い)出してくれます。
これはありがたいですよね。買いに行かなくてもいい。
使わなかった分のお金は戻ってきます。

食事にはブラジル食と日本食があるんですよ!!!
おみそ汁も飲めるんです!!

でも、私は手術前なので食事はできません。(6時間前から)

で、受け付けが終わって、部屋へ案内してもらいました。
付添のTさんと一緒に行きました。


病院の部屋は日本のような感じでなく
私の大部屋[3人部屋]は、(写真がなくてすみません)
テレビがみんなで見るのが一つ、
クーラー
シャワートイレ(シャワーは水)
ベッドが3つ(3人部屋なので)
付添人用のいす(付添の人は椅子に座って一晩を過ごします)

ベッドとベッドの間にカーテンはありません。

そんな感じです。

看護婦さんが体温と血圧を測りに来て、ふくを持ってきました。
(手術の時に着る服)

で・・・・・・、その後何もなし。

付添のTさんとその後2時間半のおしゃべり。

これから手術?という雰囲気でなく、緊張感なし。

くだらない話、思い出話、日本の話など・・。そんな感じで時間が過ぎて行きました。

17時半ぐらいに、他の入院する人が来たぐらい・・・。婦人科ではなく、ほかの病気で手術。

で、その人の方が早く、手術に向かっていった・・・。
手術前に浣腸をするのかとか、何をするのか誰に聞いてもまったくわからない・・・・。

不安というより、未知の世界へ・・・・という感じだった。


まだか、まだかと待ちつつ、18時過ぎにやっと呼ばれて行きました。

おしりに注射を打たれ、手術室へ…。

いろいろな音がして、ほかの場所で手術もしてて、あわただしい感じ・・・。

気持ちの整理とかそんな感じでなく、周りの様子が気になって仕方がない・・・。

手術前に、日本語がわかる看護婦さんがいたので日本語でやさしく話しかけてくれたのですごくうれしかった。

で、手術が始まっていきました。

腫瘍の結果はやっぱりがんでした。
左胸全部摘出、リンパも取りました。
がんは大きいのと他2つ小さいのがありました。

旦那と旦那のお母さんがガンについての話を担当の人から聞いたそうです。
旦那大泣きしたそうです。説明する担当の人はきちんと話してくれたそうです。


手術後部屋に戻ってきて、旦那に「どうだったの?」と聞きました。

そしたら、「がんだったよ。リンパも転移してとった。全部とったからだいじょうぶ」

あーやっぱり・・・・。と頭の中で思いました。

そのあと、リンパにどのくらい転移したんだろうとか、

他に転移してるのかな?とか、

転移していたら寿命どのくらいかなとか、

・・・、そのすごく先の事とか考えていました。

(今思えば、なんでそんなこと考えていたんだろう・・・。)

手術後は眠たくて、眠たくて…。


子どもがいなくて、一人で寝ることができるのが少し、うれしかったです。

夜中じゅう、付添のTさんは、かけ毛布からつま先が出てしまう私の足を何度もなおしてくれました。
ははは・・・・・、すみません。

胸は麻酔が効いているから変な感じ。でも、帝王切開の時よりは動けるので平気でした。

くしゃみしてもどこも痛くないので…。

次の日、普通に朝食。パンとコーヒー。Tさんと一緒に食べる。

Tさんは、ベッドをおこしたり、たおしたり、食事を運んだり・・・・。

トイレも自分で行けました。友人のRさんもきて、おしゃべり。術後とは思えない感じの明るさ・・。

でも、眠たくて寝ちゃった…。

夕方4時ごろ手術をしたA先生がきて、傷口を見に来ました。

それまで、何回か看護婦さんが来て、体温、血圧、薬をのむぐらいでした。


旦那もきて、A先生は「あしたから自分で(旦那が)ガーゼ取り替えてください」って・・・。

えっ?それだけ?

っていうことで診察後、退院・・・・・。あしたまたA先生のところに行くだけ・・。

っていうか、ドレーンがつながっているのに。一応ドレーンのつかいかた?を聞いたけど・・。

で、なんと、1泊2日の入院でした。(普通に歩けるし、腕も無理やりあげさせられたので少し動く)

ドレーンをぶら下げて、家に帰りました。

結局、また子どもと寝る・・・・。一人で寝れたのはあの1日だけ。

でも、ドレーンがつながっていて、ひっ掛ったら危険ということで、

同じ部屋だけどはなれて寝ました。

帝王切開の時もそうだったけど、入院期間短すぎですよね。

でも、何もすることないかぁ。

この日は、ドレーンがつながっているのがこわくて、なかなか寝られませんでした。

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3月14日に、乳腺科のA先生(体が大きくて声が大きくて元気がいいブラジル人の男の先生)
にエコー(超音波検査)とマンモグラフィーの検査結果を見せて、
「エコーの診断結果が間違ってるぞ」と一言。
マンモグラフィーで見たしこりの大きさは5センチ以上・・・・。
「うーん、大きいねぇ。」
で、そのあと、触診っていうのかな?

その時に、「うーん、リンパにもしこりがあるね」と言われた。
自分ではまったくわからなかったけど・・・・。

でも、この時点ではまだ、悪性とはわからない。

早く手術するために検査をいろいろしましょう。ということで
たくさんの検査の紙を渡された。

診察



「この検査を受けて、その結果をまた持ってきてください」

早くて4月の上旬に手術かな?

という診察で終了。先生はすごく元気な感じで話していたような気がする。

一緒に付き添っていた日系のNさんの方がすごく驚いて動揺していた。
「もも先生だいじょうぶ?」と何回も聞いていたような気がする。

私はあまりピンとこなかったのか、病気の事に気付いていたのかとりあえず検査を・・・・、という感じだった。

検査は
肺のレントゲン
血液検査
心電図
麻酔科の先生の診察

という感じ。

日本ではわからないけど、

ここでは自分で予約をして、

検査をして、

結果をもらって、

また、先生の予約をして・・・、と長い・・・。

一緒に付き添ってくれたNさんは頭の中でいろいろかんがえて、プランをたててくれました。

その14日の日には・・・、

レントゲンの許可をもらいに、病院の事務所へ行き、レントゲンの場所で受付をして、ぎりぎりとることができた。

そして、心電図を受けるところに行き、予約。結果をもらえる日を逆算して麻酔科の先生の日にちを予約しようと思ったら、「今月はいっぱいです」と・・。「急いでいる人の予約は違うところにあります。」と言われ、そっちで予約。ついでにまた乳腺科のA先生の予約・・・・・。

と、頭の中がパニックになるぐらいの忙しさを、Nさんは、ぱぱっと行ってくれた。

すごく助かりました。これが旦那だったら、絶対無理。気が動転してそれどころじゃないもんね。

Nさんには感謝しています。


次の日の15日は
朝、血液検査、そのあと心電図を受けに行くことになりました。

土日を挟んで

19日、血液検査と、肺のレントゲンの結果を取りに行き、

21日、心電図の結果を取りに行った。

そして、22日はその結果を持って麻酔科の先生のところへ・・・・。
で、なんか、OKの紙をもらって終了。

ずっと、病院ばかりいっていたような気がします。

家から病院まで徒歩7分?ぐらいなのでよかったです。

2歳になったばかりの子どもをどうするか考えた結果、

日系人の方が運営している日伯学園があり、

2歳児を1日、預かってくれるクラスが今年できたことをNさんが教えてくれて

校長先生に話を通してくれていました!!!

入れるなら早い方がいいということで、

3月25日から午後だけのならし保育をすることになった・・・。

その時の様子がこれ。イアン幼稚園に行く!

そして、今は元気に行ってくれているので、幼稚園に入れて本当によかったなぁと思いました。

検査をしながら、手術の日まで、友人に会いに行ったり、いろいろやることをして過ごしました。

仕事(日本語学校)は校長先生も日系協会の会長さんも、「安心してやすんで治療に専念してください」と言ってくださり、本当によかったです。

給料もINSSという雇用保険?のようなところから給料が出るそうなので学校が負担するわけでないらしい。

ブラジルは労働手帳にサインをしていると、きちんとした補償が受けられるからすごいです。

妊娠、出産の時も助かりました。(半年間やすんでもお給料が出るんです!)

労働手帳に関してはこちら・・・。労働手帳

そして、3月26日に再度、A先生のところへ旦那と一緒に。

そこで、「じゃぁ、手術は4月2日の18時に!」と、予約。

では、3時間前に受付に来てください。っていう感じでした・・・・。

一応手術の内容を話していたけど、チアゴ理解できてたのかな?

内容は、まず、切開して腫瘍を一部取り出し、すぐその場で癌検査をする。20分ぐらい。

で、がんだったら、すべて摘出。リンパも調べ、転移があった場合は、すべて摘出。

良性だったら、腫瘍のみを摘出する。という感じでした。

腫瘍が大きいのと、私の胸が小さいことから、がんの場合は乳房全摘出になる可能性が高い。と言われました。

チアゴも、私も納得したうえで受けることにしました。シリコンの事も言われましたが、

断りました。(後日でも入れられるし…)

まぁ、その間の不安なこと、不安なこと・・・。

日本の家族はびっくりしてたけど、去年、父がガンになって、ガンの情報はいろいろ知っていた。
抗がん剤で小さくなり、今はすごく元気。
だから、どこかで大丈夫と、思っていたかもしれませんね。

家族からもすごく励まされたし、友人からも「祈ってるからね」「応援してるからね」「大丈夫だよ」という声掛けがすごく心の支えになった。

ブラジルはカトリックの方が多いから旦那の親戚は「毎日お祈りしてるからね」と言ってきていた。


神様に祈る・・
普段あまりしていなかった私にはすごく新鮮で、心のよりどころみたいな感じだったような気がします。


みんなからの励ましの声があったので、そんなに落ち込んでいる様子ではなかったような気がします。

でも、すごーくインターネットで調べました。

いろいろな人のブログを見たり、今後どうなるんだろう…って…。

でも、乳がんって一人ひとりタイプも違うので、わからない・・・。

しかも、ポルトガル語で結果が来てもわからない…。

うーん、と考えて、気持ちの上で参考にさせてもらおうと思いました。

なかまがいると安心できるんですよね。インターネットで見られる時代でよかったと思いました。

そして、手術の日へと近づいていきました。

その頃は子どものご飯どうしようとか。
掃除洗濯どうしようとか、
そんなことばかり考えていたような気がします。

手術する前に、しこりが痛くなったので、イペホーショという木の皮のお茶を飲みました。
イペ


それを飲むと痛みが落ち着きました。

それからしばらく飲んでいました。

そして、いよいよ手術のひへ・・・。

ながくなってすみません。何か、一気に書きたくて…。
ブラジルの北部にあるベレンという町で生活しています。
(前にも紹介しましたが・・)

こっちのブログには、そのベレンの町の様子や、私の生活の事、子育ての事などがかいてあります。


ベレンのンびり生活

ベレンのンびり生活2

で、ここのブログは病気のことが主になります。

ブラジルのこと、ベレンの事が知りたい方は、ごらんください。


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私は、今までマンモグラフィーの検査を受けてこなかったんです。

ブラジルでは婦人科の受診はあたりまえ、みんな、定期的に受けているそうです。

だから、ブラジル人の人に、「何で受けてなかったの!」と怒られました。

子宮がん検診は1年に1回受けていたんですけどね・・。もともと、筋腫もあったので
半年には1回受診していました。

しこりがあるときづいたのはたぶん、できてから、4か月もたっところだと思います。

なぜ、発見が遅かったのかというと、子どもの卒乳の時期と重なったからです。

こどもが1歳10カ月になったころから、左の母乳の出が悪くなってきて右ばかりであげていました。

そして、左の胸が痛くなってきたので、卒乳しようと思ってやめました。

あっさり、卒乳できました。それから、母乳の手入れをしていましたが、どうも、左胸の塊がとれない。

インターネットで探すと、乳腺炎と書いてあったのでいつかは治るだろうと思いこんでいました。

痛いし…。でも、なかなかとれず・・・・。

3カ月放置…。そして、まだしこりが取れないし、痛くなってきたので子宮の検査とともに
婦人科を受診。

子宮はいつもの検査(がん検査、超音波で筋腫の様子を確認)
マンモグラフィと超音波検査

そして、その結果を持っていくと・・・
婦人科の先生は驚いて「あした予約横入りしてあげるから、乳腺科にいってください」って・・・。

それが2013年の3月13日、私の誕生日だったのよ…。ははは・・・。

で、次の日14日に横入りさせてもらいました。
この日は旦那がこれれなくて、日系の先生が付き添ってくれました。

乳腺科の先生は「うーん、これだけでは良性か悪性かわからないねぇ。大きいねぇ。」と言っているようでした。
(通訳してもらっています)
検査をするか、切ってから検査をするかという判断でした。

たぶん日本だったら、生体検査?をして、調べると思うけど・・。ガンが大きかったら抗がん剤を先に受けて手術をして摘出?かもしれないけど、私は、良性でも、悪性でも、はやく取りたい!という気持ちでいっぱいになりました。

旦那に報告した時、旦那は驚いていました。そうだよねぇ。私も驚いたよ。
母乳が詰まっていたとしか思いこんでいなかったんだから…。

と、なやんでいたら、友人がほかの先生を紹介してくれて、手術の検査の準備をしつつ診察を受けることになりました。

もう一人の先生は、良性か悪性かはっきりわかった上で、手術をした方がいいと言いました。
そして、シリコンなどを入れる準備、心構えを持ったほうがいい。とアドバイスを言われました。

親切な考え方でよかったのですが、その準備をしている時間がないと思いました。
良性か、悪性かの検査を受けている間、シリコンを選んでいる間など、どんどん手術の日が遅れちゃう!
と思ったんです。

ただでさえ、気付いているのに遅れちゃってたから・・。

さぁ、この日から、検査の嵐(日本みたいにスムーズに行かないんですよ)で、
職場に報告、やすむ代わりにほかの先生を探さなきゃいけない、
子どもはどうするのか・・・・。などとバタバタと忙しい生活が始まりました。

日本で治療しようかなとも考えたのですが、
手術が遅くなるし、
ここでは保険がきくし、
旦那の実家に住んでるし、
こっちの友人、日系の方々が見守ってくれるので

ベレンで治療しよう!と思いました。

この時点ではまだ、悪性なのかはわかっていないので、手術の日まで祈るのみ!!!でした。

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情報が正しいかどうかわからないですが、載せちゃいます、すみません。


ブラジルの病院には

国が運営する病院(公立の病院 州、市、町が運営する病院)

個人で運営する病院(私立病院)

そのほかかどうかはわかりませんが、
公務員や、軍隊、消防所、警察などさまざま職業で働いている人が入る病院

とか、会社単位でOOの病院など・・・、と行く病院を選ぶことができます。


日本みたいに国民健康保険?を払ったらどこの病院でも、治療が受けられるという便利なシステムはありません。


ブラジルに永住した私は、どうするか迷いました。

公立の病院は、すべて無料です。診察、治療、入院、検査などなど・・・。

しかし、病院によって、町によってはすごく混むし、時間がかかる・・・・・。

救急なのに何時間も待たされる可能性ありです。
お医者さんに知り合いがいればいいかもしれません。
(出産のときや、今回のようなガンの時など)


旦那が公務員で学校の先生なので、そこの組合の病院があるのですが、
家から遠いのでやめました。

結局、お金は払うけど、家から近くて[歩いて5分]
ベレンで唯一の日系の病院の保険に入ることにしました。


永住して、しばらくは病気をしないだろうということで加入しなかったのですが、
4カ月が過ぎて風邪をこじらせて、下痢が続いたのでやっぱり入ろうということにしました。

年齢が高ければどんどん高くなるというシステムです。
旦那が以前にそこの病院の保険に入っていたので夫婦セットで少し割引。

入ったプランは、診察、検査、入院(大部屋)手術すべてこみこみプラン(名前は勝手に決めました)
入院のみのプランもありますが、入院はしないだろうと思ったので・・。


当時、35歳で月、200へアイスぐらいだったと思います。(高い!)

現在は39歳で、子ども(2歳)も一緒に入り、旦那(34歳)も入れて、全部で560へアイスかかります。
すごーく高いですよね。

でも、でも!!!

全部タダなんです。(薬は自分で買わなければなりませんが・・・・。)

病院の保険に入ってから、私、病院通いだったのですごく助かったんです。
加入してすぐ、風邪をひき、

2ヶ月後には帯状疱疹にかかり、

その2ヶ月後には妊娠したので・・。

保険に入ってから10カ月以内、出産の費用は適用なし。(でも、検査はOK)
保険に入ってから3カ月以内、アレルギーの検査など、いろいろ適用されないのがありました。

私は保険に入ってから5ヵ月後に妊娠が分かったので、ぎりぎりセーフ。
1回目のエコーの検査だけ、お金を支払いました。35へアイス。

で、妊娠中はずっとお世話になったし、出産もしたし、
そして、子どもが出産後、黄疸ですぐ入院したし・・・、

で、今回乳がんになったし・・・。

本当に加入していてよかったぁ。と思いました。
これからいろいろ病気のことをかきますが、
保険に入っていたことで、私が負担する治療費がゼロ!!なんです!
これは本当にうれしいことです。(病院側に負担がかかるだけですが・・・、すみません)


本当は
病気にならなくて、掛け捨ての保険のような気持ちで払うのが一番なんですがね。

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わたしは、2007年にブラジル人と結婚しました。
永住ビザを獲得し、2009年にブラジルの北部にあるベレンという町に花嫁移住してきました!
日本とは全く違う環境(地球の裏側)文化で面白くもあり、不安もある生活の中で
いろいろ経験させてもらっています。

2011年1月に長男をベレンで出産し、子育てに追われた日々を過ごした中で・・・・、

2013年の3月に乳がんが発覚!!!

悩んだ結果、ブラジルでの治療を決断!

海外で治療するということには不安がないとは言えませんが、

今はこっちで治療してよかったと思っています。

もしかしたら、同じような病気で悩んでいる方がいるかもしれないと思って、

このブログを書きました。

ブラジルの病院の事、治療の事、日本との違い?(違いがわからないけど)

などを載せていきたいと思います。


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