ブラジルに永住して2013年3月に乳がんが発覚。当時39歳。現在40歳!ステージⅢ。1年後、肝臓、甲状腺に転移。
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ももたん

Author:ももたん
ブラジルの北部にあるベレンという町に2009年に永住しました。そして、2013年3月に乳がんが発覚!ステージⅢ。1年後、脳、肝臓、甲状腺に転移。現在治療中。日本とはまったく違う文化のブラジルでの治療を紹介します。どんな治療法?どんな生活なのか、ゆる~く紹介したいと思います。

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手術をして、退院してから家の事が出来ないので料理も作れない・・・。

家は旦那の両親と同居だが、食事は別々…。

ブラジル人の夕食はパンとコーヒー・・・。

そこで、日本人妻の友人や、日系の方など毎日のように

昼食を持ってきてくれたり、夕食を作りに来てくれたり・・・。

手術後1カ月間はそんな感じでみんなにお世話になりました。

本当にうれしかったです。

左のリンパを取ったので、左手、うではけがをしてはいけないと言われました。

ひやけも・・・。

だから、今でも料理がちょっと怖いです。

私、料理が下手なので…。


術後13日目(4月15日)に病理結果がきました。それを持ってA先生のところに行くと、

「もっと詳しい検査が必要だから」といわれ、また癌の細胞を別の検査場へ…。

なぜ、いっぺんにしないんだ?と思い、検査場に連絡…。

術後22日目(4月23日)に抜糸。

この時も、看護婦さんがいるわけでなくA先生とアシスタントの旦那が対応。

先生も手術の時間が迫っていて、急いで抜糸。ものすごい速さというよりは適当!?です。

で、3本ぐらいとり忘れがありました。全然痛くなかったです。早すぎて!?
(この3本は後日救急センターのところでとることになります。)

そして、2回目の病理結果が来て、A先生ががん専門の先生を紹介してくれました。

今後はそのガンの専門の先生(R先生)が担当になります。

いろいろ担当が分かれているんですね。

術後27日(4月29日)にがん専門の先生のところへ初受診。

癌細胞の結果や、検査をもとに今後の治療計画を伝えられました。


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手術から3日目(退院から2日目)

また、ドレーンを連れて動く生活が始まります。

本当に不便です。寝る時もどこにおいていいのか定まらない。

この日から子どもと一緒に寝るので、

引っかからないか心配だし寝返りもできないから不便な感じがしました。

なぜ、子どもと一緒に寝るのかと言うと、

息子は卒乳してから、右手は指しゃぶり、

左手は私のわきをさわりながら寝るんです。(今でもです。現在2歳8カ月)

左はだめなので、右のわきを触ります。

この時点で卒わきをすればよかったんですが・・・・。


子どもが幼稚園に行ってから、時々リハビリ。でも、全然腕が上がらないし、

左わきのリンパを取ったのですごく変な感じ。(今でも。半年たったけど)

この腕上がるのか?と思ったけど、時間がたつにつれてよくなりました。

現在(6ヶ月後)は普通に動きます。わきを触られると変な感じですが・・。


お昼ごろ傷口の消毒。退院の日、薬局でガーゼや、消毒液、テープなどを買ってきました。
IMG_3395.jpg


結構高い!消毒液は安いけど、

ガーゼは4枚しか入っていないのに2へアイス。
取りかえるのに3つか4つは使います。

テープは10へアイス。安いのははがすときにすごく痛い!!!

ドレーンがつながっているところは絶対はがさないでと言われたのでつけっぱなし。
でも、テープが外れてくるのでテープを重ねてはっていく・・・・。


ドレーンはどんなものかと言うと・・・、

写真を撮ったはずなのですが、データーがどこかへ・・。
(半年も前の話なんで・・)

絵を描いてみました。
IMG_3396.jpg


丸い形で、中の液を抜くふたがあり、プラスチック製です。

で、中の液を抜く時は(毎日どのくらいの量が出ているか測ります)

くだを止めて、ふたを開けて、液を計量カップに移します。

で、移したら手で、ぎゅーっと抑えて、空気を出してふたをします。
バネが入っていて結構力を使います。

この日は180mlでました。すごい!!

家にある計量カップ1つしかなかったのに……。


この日も家でテレビを見て過ごしました。

次の日からは、だいぶ動けるので気になる家の掃除をしました。
(旦那だけの掃除ではきになる・・・・・・)

ドレーンをつけたままでも、食事に行ったり、買い物に行ったりしました。
(家にいてばかりではストレスが・・・)

術後
4日目は110ml
5日目は90ml
6日目は70ml
7日目は60mlこの日にまた診察に行きました。
でも、ドレーンはまだはずせず・・・・。
8日目 50ml
9日目 20ml この日にまた診察。ドレーンを抜きました。

4月2日に手術して、11日にドレーンが抜けました。

やった!!!さいごの方はドレーンの入れ物が壊れていたらしい。

ドレーンを抜く時は、先生がポルトガル語だからいつ抜くかよくわからない。
旦那がいきなり歌をうたいだし(気を紛らわせるため)それで、今抜いているんだと気付いた。

で、ドレーンの管が長かったらしく、旦那は歌を驚いた感じでうたうので、その歌い方がおかしくて・・・・・。

抜けた後、「すごくながかった!」と報告してくれた。

診察にはほぼ100パーセント旦那が付添します。(学校を休んで・・・。)

ドレーン抜きは、旦那の歌がおかしかったので、痛くなかったです。

ドレーンを抜くときや抜糸、傷口を見る診察など、看護婦さんはいません。
A先生の場合(ほかの婦人科の時はいますが)

だから、旦那がぜんぶ助手をします。

がーぜ! テープ!と先生が言って、旦那が手袋をはいて・・・・。

なんだか不思議な感じでした。
これも、ブラジルでしか味わえない経験ですね(笑)

ドレーン抜きの生活!!わーい!!!

でも、少しの間、「あれ?」とドレーンの事が気になる感じでした。


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退院をして次の日、起き上がるとドレーンがついていて何か変な感じ・・・。

子どもがドレーンを指さし、「いたたい?」と聞いてくる。

痛くはないけど、「いたたかいから、さわらないでね」と言うと理解してくれた。

この日から子どもは抱っこできない。でも、子どもは子どもなりにわかっているようだ。

抱っこはできなくても、愛情表現はたくさんあるし。


退院して左腕は上には上がらないが、動かないわけではないので、
普段通りの生活ができる。

ただ、どこへ行くにもドレーンを持ち歩くだけ。

時々、立ち上がって歩き始めて、「あっ」と引きずっていることに気づく・・・。

ドレーンが抜けるまで、何度引きずったか・・・・・。

掃除も片づけもいろいろ旦那がしてくれるので、何もしない。

椅子に座ってテレビを見る・・・・。

なんて、幸せな生活なんだろう。と思った。(子どもは幼稚園)

こんなにゆったりした時間を過ごすのは、すごく久しぶり。

昼食は旦那のお父さんが作ってくれるし・・・。

昼寝したりして、またテレビを見て・・・・・。

で、次はシャワーです。(ベレンはお風呂はありません。暑い国なので)


旦那が横でドレーンをもって、腰から下はシャワーを浴びてあとは濡れたタオルでジャブジャブと・・・。

傷口のガーゼは濡れてしまうので、シャワーの後取り替えます。

手術2日後は自分で取り換えるのが怖いので、旦那にしてもらいました。

3日後も旦那で、4日後から自分で取り換えました。(鏡を見ながら)

シャワーも自分で・・・。ドレーンを片手に持って浴びる・・・・。


傷口ですが、私は胸が小さい割に、腫瘍が大きかったので(3つあったし)

えぐれているわけではないですが、傷口がかなり、引っ込んでる感じです。

縫い後もがっつりです。先生が下手?と思いましたが、

同じ先生の手術の傷口を知り合いに見せてもらったら、きれいだったので下手ではないんだと思う。

私の場合が悪かっただけなんでしょう。

他の人のも見たら、縫わないでテープだったり(すごくきれい)、

シリコンを入れてるからまったくわからない感じだったり・・・・。

わたし、今後大丈夫かな?(傷口を気にして、うつ病とかにならないかな?)と思ったけど、

現在(6ヶ月後)も特に気にならないので、そのままでいいかぁ。

ブラジル人はすごく気にするようで(みんなそうかもしれないけど)

今も「シリコン入れたほうがいいよ」と言われます。

旦那も責められます。「旦那がきちんとしていない」「奥さんをかわいがっていない」と言われます。

でも、シリコンは入れないでしょう。

ベレンは暑いのでタンクトップ1枚で過ごすことが多いです。

ユニクロのタンクトップブラがちょうどいいです。

話は戻って、退院後(術後2日後)また、A先生のところに診察。

ドレーンがついているので、あまり待たないで横入り診察!!!

傷口を消毒して、ドレーンのパックに入っている液?の量をはかる。

初回、100ml

「毎日、量をはかってください」とA先生。

測り方を教わる。

「少なくなったら、はずしましょう。5日後にまた来てください。」
 
「がんの細胞は今、検査に出しているので結果が出たら検査場から連絡が来ます。」

とのことでした。A先生のところでなく、自分で検査場まで結果を取りに行かなくてはいけないのでした。

結果は2週間後です。

こうして、次の日から左腕のリハビリが始まるのでした。


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